ベイビュー・アセット・マネジメント

山口 誠

マクロ分析に基づくクオンツ戦略、アクティブ・アセット・アロケーション(AAA)ファンド・シリーズ 独創的であると同時に、堅実な運用:山口 誠

山口誠は、大学卒業後、都市銀行及び日系・外資系運用会社で一貫して債券運用に携わってきた、まさにプロフェッショナルです。

運用の世界を志したきっかけは、大学時代に計量経済学を専攻し、マクロ経済分析による金利予測を研究したことです。そして、机上の経済理論だけではなく、現実の市場や経済の分析を行うことに魅了されます。

都市銀行に入行後は、ダイナミックな市場にもまれながら日々収益を追求する自己勘定部門で、債券や金利スワップ、オプション取引などを用いたトレーディングに従事しました。しかし次第に、自らの収益のみを短期間で追求する業務に疑問を持つようになり、中長期的な視点で運用に臨むことができるアセット・マネジメントに憧れを抱くようになります。

2001年、山口は日系運用会社に転じたのをきっかけに、本格的な債券ファンド・マネージャーの道を歩み始めました。同社では、最年少ファンド・マネージャーとして運用者の基礎を叩き込まれます。「目先の勝ち負けよりも大切なことは、お客様からお預かりした資金に対して過度なリスクを取らず、運用方針に忠実なポートフォリオを構築し管理・維持すること。そうした堅実な実務こそが、お客様に資する」という考えが、山口の運用に対する姿勢の根幹となりました。

その運用スタンスが評価され、2006年に欧州系運用会社の債券運用部門立ち上げメンバーに抜擢されたことから、世界トップクラスのファンド・マネージャー達との熾烈な競争に身を置くことになります。そして、リーマンショックに伴うクレジット市場の崩壊とその後の回復局面において、経験豊かな運用者たちが次々と市場から姿を消す中、山口は堅実なポートフォリオ運営を維持し、安定的な収益を実現した希少な債券ファンド・マネージャーとなりました。2008年、山口は最先端の金融テクノロジーを学び直すため、日々の業務と並行して大学院での学術的な世界に立ち返ります。その結果、「投資は、市場のコンセンサスや過去の常識に沿ったオーソドックスな手法では負ける仕組みになっている。他者と異なる斬新なアイデアを見つけ、規律を守りながらも、市場のダイナミックな変化に適応できる投資を行う者が生き残る」と確信し、独自のモデルに基づくクオンツ的手法を重視するようになります。

2012年には米系運用会社に活躍の場を移し、世界最大級の金融機関の債券運用を担当するチャンスを得ます。多くの外資系運用会社が日本の運用拠点を閉鎖する中、山口は、外資系運用会社で生き残る日本人の債券ファンド・マネージャーとして数少ない存在になっていました。日系、欧州系そして米系運用会社での運用経験により構築したグローバルな草の根ネットワークは、より広範かつ正確な情報収集が不可欠となる金融市場の舞台において、現在も山口の大きなアドバンテージです。

一方、リーマンショックをきっかけに世界の金融機関は厳しい規制を受けるようになりました。激変する業界を目の当たりにした山口は、これまでのようなベンチマーク対比で勝ち負けを競争する画一的な運用ではなく、顧客のリスク許容度や負債状況、或いは規制の変化等に応じてカスタマイズされた資産運用こそが今後重要になっていく、という考えを強く持つようになります。2016年、山口は自身のキャリアの集大成として、お客様のニーズを直接発掘し、商品アイデアの提案から投資活動まで幅広い業務にかかわることができる場を求め、独立系運用会社であるベイビュー・アセット・マネジメントにおいて、クオンツモデルによるマルチ・アセット及び債券運用のファンド・マネージャーに就任することを決意しました。

独創的な投資戦略を構築し、堅実な運用を行う顔の見えるファンド・マネージャーとして、お客様の期待に応える覚悟です。

【プロフィール】
1998年 (株)あさひ銀行(現 (株)りそな銀行)入社後、市場営業部にて、債券及び金利デリバティブズを用いたトレーディング業務を担当。2001年からニッセイアセットマネジメント(株)、2006年からUBSグローバル・アセット・マネジメント(株)(現 UBSアセット・マネジメント(株))、2012年からアライアンス・バーンスタイン(株)にて、債券ファンド・マネージャーとして運用業務に従事。2016年11月 ベイビュー・アセット・マネジメント(株)入社、グローバル資産運用部長に就任、現在に至る。1998年 慶應義塾大学商学部卒、2010年 一橋大学大学院国際企業戦略研究科修了(金融工学専攻)。公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。
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